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ベルリオーズ:幻想交響曲

昔プログラムに書いた曲目解説シリーズです。


幻想交響曲は、1830年ベルリオーズ27歳のときに作曲された初期ロマン派を代表する表題的交響曲の最初の傑作です。この曲ができる以前は、モーツァルト・ベートーヴェン等が活躍した古典派と呼ばれる時代で、その交響曲には標題や物語はなく、基本的には純粋に音楽を楽しむものでした。しかし、幻想交響曲は、ある芸術家の生涯を表しているとされ、それぞれの楽章には標題が与えられ、表現されている物語の筋書きが作曲者自身によって語られています(以下の楽章の説明はベルリオーズ自身による筋書きを基本にしています)。

「病的に繊細な感受性を持った若い芸術家が、希望のない恋愛によって深い絶望に陥り、アヘン自殺を図る。命を奪うには弱すぎたその薬は、奇怪な幻想を伴う深い眠りへと彼を引き込む。その感覚、情緒や記憶が彼の心を通して、音楽的な思想や観念として現れる」。この物語は、ベルリオーズ自身のシェークスピア女優ハリエット・スミスソンへの激しい愛の感情と失恋がきっかけになって着想されたと言われています。恋する女性は「固定観念」と呼ばれるメロディーを用いて表現されています。このメロディーは第1楽章の序奏の後に、ヴァイオリンとフルートによって提示されますが、各楽章で様々な楽器によって少しずつ(ときにグロテスクに)変化しながら、繰り返され演奏されていき、この曲に統一感と物語性を与える重要な役割を果たしています。

また、ベルリオーズは楽器の使い方も斬新で、色彩感豊かな音楽を作り上げています。第2楽章でのハープや、第3楽章でのイングリッシュ・ホルンのみごとな扱い、第5楽章での変ホ調クラリネットの奇異な音や、鐘、弦を弓の背で打つコル・レーニョ奏法などは、それまでの交響曲では見られないものでした。

第1楽章:夢、情熱 若い芸術家が女性にあこがれ、思い悩むさまが描かれている。ゆったりとしたラルゴではメランコリックな夢が実現され、快速なアレグロでは狂おしい情熱、激情、嫉妬が展開された後、優しさ、涙、宗教的な慰めがもどる。

第2楽章:舞踏会 賑やかな舞踏会でワルツを踊るあこがれの女性。会場においても、自然の美しさを静かに瞑想するときにも、愛する女性のイメージが現れて芸術家を悩ませる。

第3楽章:野の風景 夕方、田舎で二人の羊飼いが笛で吹く牧歌を聞き、希望がめばえる。しかし、彼女に見捨てられる不安にもかられる。終わりに羊飼いのひとりが再び笛をふくが、もう返答はない。そして、雷鳴、孤独、静寂。

第4楽章:断頭台への行進 失恋した芸術家は悲観してアヘンを飲み、奇怪な夢を見る。夢の中で彼は恋人を殺し、死刑を宣告されて断頭台にひかれていく。行進曲の終わりに彼女へのあこがれの旋律が登場するが、とどめの一撃によって断ち切られる。

第5楽章:サバト(ワルプルギス)の夜の夢 芸術家は自分の葬式に集まった幽霊、魔女、怪物たちの真っ只中にいる。不気味なうめき声、哄笑の中、愛しい旋律が再び現れるが、それは今や高貴さや恥じらいを失い、グロテスクな踊りの曲に変わり果てている。彼女は悪魔の饗宴に参加する。葬式の鐘、教会での死の儀式を表す旋律である「怒りの日」が聞こえ、魔女たちが輪舞を踊り、これらが一体化して全楽器によるクライマックスを迎える。

シャブリエ:田園組曲

昔書いた解説シリーズ。20171月のOFJ第三回定期演奏会でのシャブリエ:田園組曲の解説になります。

シャブリエは、1841年にフランス中南部のオーヴェルニュ地方のアンベールに生まれた。幼いころから音楽の才能を発揮したものの、父親の強い勧めもあり、40歳近くまで内務省に就職し公務員としての仕事をしながら、フォーレ等の作曲家と親交を持ち作曲活動を続けた。アマチュアのオーケストラや吹奏楽でもよく演奏される、狂詩曲「スペイン」の作曲家として知られているが、後世のフランス音楽に与えた影響は大きく、ラヴェルも影響を受けた作曲家として、モーツァルト等に加えてシャブリエの名を挙げており、「シャブリエ風に」というピアノ作品も残している。

この田園組曲は、1880年に作曲されたピアノ曲「10の絵画風商品」の中の4曲を1888年に自分自身でオーケストレーションした作品である。この1880年とはシャブリエが、ワーグナーの歌劇「トリスタンとイゾルデ」にミュンヘンで接した年であり、そこで強い印象を受け、プロの作曲家として生きる道を選んだた言われている。この頃は、ワーグナーの音楽がヨーロッパを席巻し、絶大な影響力を持っていた時代であり、フランスもその例外ではなかった。そんな時代に、この田園組曲には、美しくわかりやすい旋律や、イマジネーション豊かな和声、新鮮な驚きや詩情に満ちあふれており、シャブリエの音楽の個性が存分に発揮され、19世紀後半のフランスにおけるドイツ音楽の覇権を打ち破る端緒を開いたと言ってもよいであろう。曲は、プーランクに作曲家になる決心をさせたと言われる美しい「牧歌」から始まり、クラリネットの印象的な旋律で開始される鮮やかな「村の踊り」、後のドビュッシーの音楽を思い起こさせるような繊細な「森のなかで」と続き、「スケルツォ・ヴァルス」によって華々しく締めくくられる。木管楽器の美しさや機動力を存分に発揮させた佳曲でもある。(@gg_szk

マスネ:歌劇「ル・シッド」よりバレエ音楽

1/27のOFJ定期演奏会のパンフレットのために作成した解説です。校正で少し変更になるかもしれませんが…

ジュール・エミール・フレデリック・マスネ(1842-1912)は、ヴァイオリンの独奏曲「タイスの瞑想曲」の作曲家として有名ですが、彼の一番の活躍の場はオペラでした。「マノン」「ウェルテル」「タイス」は、現在でもオペラハウスの重要なレパートリーになっており、生涯で30曲以上のオペラを作曲しています。早熟だったマスネは、11歳でパリ国立高等音楽院に入学し、20歳のときにローマ大賞を受賞、20台で既にチャイコフスキーなどと並ぶ賞賛を得て、36歳からはパリ国立高等音楽院の教授として、多くの後継者を育てました。マスネの音楽的な特徴は、「タイスの瞑想曲」にもその一端が示されていますが、甘く美しいメロディーにあり、その能力は、オペラの中でいかんなく発揮されています。また、管弦楽のための組曲(「絵のような風景」、「劇的風景」、「アルザスの風景」など)も、親しみやすいメロディーを持った名曲として、オーケストラの演奏会や、編曲されて吹奏楽によっても盛んに演奏されています。マスネの音楽は、フランス音楽の歴史的な観点から見ると、ドビュッシーやラヴェルといった近代の進歩的な作曲家に対して、やや古めかしいと現代では考えられているかもしれません。しかし、この「ル・シッド」のバレエ音楽に見られる、美しいメロディー、エキゾチックな異国趣味、木管のソロを大胆に使用する独創的な手法など、作曲家としての能力の高さを示すだけでなく、ビゼーが切り開いた華やかで美しいフランス音楽から、ドビュッシー・ラヴェルの成熟した巧妙なフランス音楽への橋渡しをしているというようにも考えられるのではないでしょうか。

「ル・シッド」は、日本では通常「エル・シド」と呼ばれている11世紀の実在の人物を描いた、フランスの劇作家コルネイユの同名の悲劇が元になっている、ヒロイックでロマンティックなオペラです。我々は、バレエ音楽というとチャイコフスキーの「白鳥の湖」に代表される、最初から最後までバレエとして演じられる作品を想像しがちですが、19世紀前半にパリで流行したグランド・オペラという演奏形態では、大規模なオーケストラ編成・豪華な舞台衣装・スペクタクル的な舞台効果という特徴に加え、バレエを曲中に含むことが多く、この曲もオペラの第二幕第二場冒頭で演じられるバレエを単独の管弦楽曲として取り上げたものとなります。スペイン人でパリ・オペラ座のトップ・スターとなったロジータ・マウリを想定して書かれており、彼女の発案によりスペインの様々な地域に根ざすような、興味深いリズムや旋律が盛り込まれています。以下の7曲から構成されています。

第1曲:カスティリャーナ(カスティリアの踊り):カスタネット入りの華やかな舞曲

第2曲:アンダルーサ(アンダルシアの踊り):ゆったりした優雅な舞曲

第3曲:アラゴネーサ(アラゴンの踊り):躍動感溢れる舞曲

第4曲:オーバード(朝の歌):軽快な曲

第5曲:カタルーニャ(カタロニアの踊り):異国情緒溢れる舞曲

第6曲:マドレーナ(マドリードの踊り):フルートとコール・アングレの長大なソロが印象的な曲

第7曲:ナヴァレーサ(ナヴァラの踊り):華やかな終曲

@gg_szk

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